2006年03月09日 |
(by ねもけん/根本健二) サラリーマンの評価システム ?Gold Colorのつづき? |
ねもけん/根本 健二 |
前回は、Gold Color な人達の働き方について、書いてみました。
(実はいまさっきまで、ブログのUp記事を書いていて、書き終えて、確認画面をみているときに
誤ってWindowsを閉じてしまい、たくさーん書いたことがおじゃんになってしまいました。。。トホホ)
めげずにがんばりましょう!
実は、この Gold Color の働き方について 書いたときに、何人かの方から、コメントをいただきました
(皆さん、是非、私の記事に、コメントやトラバ くださいね!)
それは、『そりゃぁ Gold Colorっていったって、単に遊びが高じて仕事になった・・・だけじゃぁないだろう、
頑張れば頑張るだけの評価システムがあるから、がんばれるんだ!』 のような内容です。
そこで今回は、サラリーマンの評価とは何か? について少し書いてみたいと思います。
皆さんは、『サラリーマンの評価はなにで計れると思いますか?』
私の答えは簡単です。
それは、だって 『サラリーマンなんだから、それはサラリー(Salary)だよ!』 です。
シンプルですよね?
こう書くと、よく反論されるときがあります。
給料だけが判断基準ではない。
仕事の達成感や充実感、いろいろある・・・と。
おっしゃるとおりだと思います。。。 が、しかし、それでお給料がまわりとあまり大差がないのでは
納得いかない・・・のが私の考えです。
チームワーク、組織としての動き、いろいろあると思うのですが、やはり会社は個人の成果を
個別にしっかりと評価できるシステムを持っていないとダメだと思います。
ダメ!というのは非常にあいまいな表現ですが、思うに、Gold Colorな人達を例にとって
あげれば、それは自分の頑張りがSalaryに直結してくるから 目の輝きが違うのでは?・・・
ということではないかと思うのです?
シリコンバレーの会社というのは、社員のサラリーが業績・市場に連動していることが多いです。
これはSalaryの源が市場からの利益(儲け)がないと引っ張り出せないという事情もあるとおもうのですが
非常に良いシステムだと思います。
日本の多くの会社だと、社員は自分の会社の株価など気にもかけてないのではないでしょうか?
株価至上主義が良いとは言ってませんが、少なくとも、会社の業績を上向きにすること対して
自分はどのような貢献が出来るか、出来ているか?を常に意識しておくことは重要だと思うし、
それがSalaryに関係してくるともなれば当然だと思います。
最近、『外向きサラリーマンのすすめ』 という本を読みましたが、まさにそのとおりだと思う
ことが多く書かれていました。
これからのサラリーマンは、内向き(社内ばかり見ている)でなく、外向き(顧客や市場の方を見る)である
必要があるというのです。
まったく同感なのですが、1つ条件があると思います。会社の評価システムも、市場連動(100%そうだと、
リスクがありすぎますが)であるべきということです。 サラリーマン(社員)の評価システムが
市場連動である。 これまでどんなにがんばって会社に貢献しても、周りとあまり変わらない給料。
それではやる気がそがれてしまうことも多いですよね?
あくまで冒頭のシリコンバレー、Gold Color な人達との比較で 日本の事情を見てきましたが、
会社の評価システムは決定的な変わらないといけない時代に来ているのではないでしょうか?
次回は、年功序列システムや成果主義など、日本サラリーマンが経験してきた、各評価システムなど
について、感じたことを書いてゆきたいと思います。
by ねもけん
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太田 肇
「外向きサラリーマン」のすすめ
☆「組織の時代」は終わった
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■コメント
ねもけんさんのこのコラムがどこに向かっていくのか、いろいろな意味で楽しみにしているのですが(^^;)、せっかくなので、一般的な反論をしてみましょう。
(1)株価と企業価値が連動しなくなる傾向
僕も以前は、仕事の報酬は最終的にお金に換算できると考えていた時期がありました。今も、お金としての還元はとても重要です。否定するつもりはありません。でも、変ってきたのは、というより当時からも感じていたのは、「最終的にお金に」という部分です。お金の報酬にすべて還元できるのか、それでいいのかというと、僕は違うと考えるようになりました。特に、最近の「株主価値最大化」の経営とセットになると、お金の報酬は実は個人の能力や個人がアウトプットした価値とはかなりずれてしまう、ということです。
今やマーケットは短期的な利益、それも配当より市場価格の1日での上下からゲインを得ようとするデイトレード的な行動の比重が大きくなっています。以前は株を長期保有(少なくとも数か月以上)し、企業の成長に合わせてゲインを得るという投資の方法が一般的だったの大して、デイトレードの比重が増えると企業の実質的な価値と株価が連動しにくくなってきます。
こういう環境の中で、個人の働きの総和が株価に影響を与えると考えるのは、いささか楽天的に過ぎるというのが僕の印象です。
(2)個人への還元と評価制度
また、今も株価のトレンドは企業価値に連動しているとしても、別の問題があります。これは米国系企業ではしばしば見られることですが、「自分が実績を出した」とアピール合戦になり、アピールに勝ったものが評価されて、負けたものは干されたり、やめざるを得なくなるという状況です。この結果、仕事上の失敗やミスをみなが口にしないようになり、自分にもそれなりの責任があると考えても、決して口にしないようなマインドになっていくわけです。
もちろん、こういうことは常に表裏一体の関係で、どちらを見て評価するかと言うことだと思います。日本や欧州の企業では、個人の仕事と報酬との連動は、ある程度揺るかに、あいまいにしておいた法が、弊害が出にくいと考える人が多く、今、企業が採用している評価報酬制度も、米国流と以前の方法の中間的なものになっているのだと思います。
ねもけんさんが見てきた米国企業ではこういったことはなかったですか? ねもけんさんにとっては、こういう弊害についてはどう見ているのでしょうか?
投稿者: paco@知恵市場 | 2006年3月13日 10:22
Pacoさん、コメントありがとうございます。
ネットの世界ではレスは早く(新鮮で)ないと、その存在意義を失いかけないので、遅いレスはよくないですね(反省)
さて、このブログの方向性で、私自身、最終的にどこへ向かうのか十分明確なものを持っているわけではありません・・・^^;
ブログの良いところは、日記などを書いているうちに、コメントやトラバなども受けつつ、さまざまな試行錯誤を繰り返して、自分の中で新たな発見(自分がかんがえていなかったことや気づかなかったこと)があり、そららを繰り返すことによって、進む方向性のようなものが見えてくる・・・ということかな?と感じています。
また、実は私のサラリーマン人生そのものが有言実行の場といいますか、試行錯誤の場になっているという側面もあります。
ブログに書いていることは、これまでの私のサラリーマン人生そのものですね。例えば、日本の会社に10年間勤めた後、シリコンバレーのベンチャー(といってもその日本支店ですが)に転職したのも一例です。
今後の私のサラリーマン人生がどのような方向に進んでゆくのか? 自分でも興味があります! 私は起業をして会社を大きくし、大勢の社員を抱えて会社を運営することには興味をもっていないので、最終的には、「一人起業」でこじんまり稼ぐ?ようなスタイルになるのかと漠然と考えています(でもそれだと、もはやサラリーマンという定義ではなくなるかもしれませんね・・・)
さて、前置きがながくなりましたが、以下の2点について現在の私の考えを述べさせていただきます。多少、長文ですが、ご興味のある方は是非読後コメントください!
(1)株価と企業価値が連動しなくなる傾向
確かにそうですね。株価だけを考えるとき、本当の起業価値は何で計れるの?という問題定義に答えられないのかもしれません。 あるいはこれはChiken&Eggの議論なのでしょうか?
今回の記事で私が考えていたのは、企業が社員を評価するシステムについてなのですが、なにか特別な貢献をした人にはそれなりの報酬を与えるべきだ!ということで、その場合報酬の原資はどこから来るか?ということを考えると、少なくともその企業の利益が増えなければなりません。
記事中の「社員の評価は市場連動であるべき」は非常に曖昧な表現でした。これは例えば「何か特別な貢献をした」結果、その企業の製品が特別な売り上げを上げた(利益に貢献した)とか、株価があがって企業価値があがることに貢献した・・という意味です。 いずれによせ、↑に書きましたましたように、報酬への原資を作った場合は評価されるべき・・・と思っています(利益が増えれば特別ボーナスに回すことができますし、株価があがればストックオプションなどで社員にフィードバックすることも可能です。いずれにせよその会社のシステム次第ですね)
「市場」という言葉には、不特定多数、様々な価値観をもった人による総合的な評価が結果的になされることによって、その企業の価値が位置づけられる・・・という期待を持って使用しました。しかしながら、例えば企業TOPのスキャンダルによって、株価がその企業の業績とは無関係に急降下したりすることもあるだろうし、上の論理は実際の市場の動きを説明できないケースも多々あると思います。
だとすると、社員への評価(報酬)を株価連動とするストックオプションというシステムの限界ということになりますね。
ここではサラリーマンというスタイル(多数の社員で働くということ)である以上、給料には、何かしらの評価(判断)システムで差がつくべき・・・ということをベースに話をしています。昔はこの差はあまりなかったと思いますが、現在では逆に「がんばっても周りと差がでないならがんばらない」と言う論理もあり、今の企業経営では、この差をつけるための評価システムの導入という方向性になってきていると思います。
勿論、この差の部分をお金でフィードバックするのか?そのほかで行うのか?の議論はあると思いますが、ここではその議論はなしにしましょう。
会社経営の側からみれば、社員(サラリーマン)に持てる力をふるに発揮してもらうための仕組み構築という意味で言えば、報酬を与える評価システムでなくても良いかもしれません。これは例えば、もっと精神的なゴールを与える(社員教育?これはある意味の企業としての洗脳か?)ことで実現できるかもしれません。
日本が高度成長期のときに世界的な企業に躍進していったHONDAやSONY,Panasonic,(その他たくさん?)などは具体的な報酬(周りと差別化された)がなくても、世界一のエンジンを作る!のような夢で社員一丸となって持てる力を発揮できていた時代もあると思います。
ただし私が思うに、現在という時代において、サラリーマン(特に私が思うこと=一般的なサラリーマンの想いであるとは考えていませんが)がサラリーマンを続けるモチベーションとして差をつける評価システムは必要ではないか?必要ならどんなものが良いのか?報酬を与えるなら原資が必要だ!ならば、その原資はどこに求められるものなのか?それはやはり目に見えて分かりやすいのは製品が売れるとか、株価があがるとか・・・であろう(=市場連動という言葉を使いました)という考えです。
企業経営(人的資源活用法というテーマに入るのでしょうか?)の話になってきてしまったようにも思えますが、数値として現れる利益が出てこなくても、会社独自の評価システムで貢献したとされる人に報酬を出すシステムもあってよいと思いますし(この場合はサラリーという経費が増えるという会計計算でしょうか?)今のところ↑で書いたような市場連動型(私が書いた意味で、ですが)しかないのかと・・・。 これはその時代、時代における経営論として評価システムが生まれてくるのでしょう。
(2)個人への還元と評価制度
ここは非常に興味がある話題・対象ですね。実を言うと私が見てきたシリコンバレーの会社でも、よく「Job Security」の様な言葉で表現される場合が多いのですが、大切な情報を自分だけに閉じておいたりして、自分だけの成果に利用しようとしたり、成果を独り占めするようにUpper Managementに説明したり・・・云々は多々あると思います。
日本の会社でも成果主義を取り入れたリーディングカンパニーが陥ったのはこれであると聞いています。
ただ私はこの問題はシステムで解決できると考えています。勿論、そのような経営的課題を経営側が認識し、解決するという明確なMissionを持って、そのシステムの構築に望み、社員も納得してそのシステムを使う、使わざるを得ないような場合ですが。
あくまで一例として以下の話をあげますが・・・。
例えば、Googleという会社です。この会社ではEmailを殆ど使わないそうです。理由が面白いのですが、Emailというのはそもそも発信者が受信者を選択できるツールであると。つまり発信者の恣意的な判断により、その情報を得ることが可能な受信者を制限できると。確かにそうですね。そこで彼らが代わりに使っているがBlogだそうです。
Blog形式の場合、皆に(その会社の不特定多数、実際そのProjectに携わっていない人にも)公開されているものなので、不要な人は読まなくてもいいけれども読みたいという意識をもった人にはあまねく公開されている、見れる、コメントを入れる、事実と違うと思ったら反論できる、その反論がまた皆に公開される・・・このようなProcessを経て、大部分の真実が見えてくるらしいのです。
この不特定多数に公開することにより(最近はやりの言葉を使えば、ロングテールも集めるられるシステムにより)質の高い情報を育てる、得ることができる・・・という、これまた米国流のインターネット性善説に基づいたシステムですね。
Googleの場合は何も評価システムのためだけにBlogを使っているわけではなく、様々なIdeaの共有やブラッシュアップなどに活用でき、あっという間に新製品の雛形が完成したり、お互いに切磋琢磨して、最終的には世に企業価値を高めるような製品を送り出すことが出来ていることは大勢の方が納得すると思います。
このようなレベルまでくれば、社員の努力とそれを会社の業績へと結実させるための社内システムとにより、企業価値をあげる、しかもスピーディーにあげることができるのだと思います。もしかしたら、私が目指す究極のサラリーマンスタイルとはこのような会社で働くことなのかもしれません。ただし、Googleは本当にものすごいレベルの高い人達の集まりだと聞いています。例えばさっきまでランチで新しいアイデアの話をしていたのに、夕方にはとりあえず動くデモが社内に公開されていたりするくらいプログラミングの鬼がいるとか・・・
私の記事はあくまで私の思いをつづっているのでサラリーマンとしての一般論、例えばこれからのサラリーマンはどのような環境(会社が与えるシステム上)で働くべきなのか?という問いに対する一般解にはならないでしょう。ただ、私のような考えの人が増えてきていると思うし、日本にもサラリーマンがもっと持てる力を十分に出し切って、それに見合う報酬も得て(だから力を出すモチベーションがあって)、結果として日本の企業が世界でも有数の企業(時代をリードする)になればいいなぁと思います。
(長文で失礼しました) by ねもけん
投稿者: ねもけん/根本 健二 | 2006年3月20日 17:50