2006年04月28日

(by Hideki - かりん) 願い (懺悔もこめて)

Life Design

今回は、最近思っている事をまとめた、そんな独り言です。
ちょっと誤解されるかもしれないし、人によってはひょっとして不愉快に思う方もいる
かもしれない。だけど、一人の自閉症児の父親の本音として、こんな風に思う人もいる
んだなっと思って、聞き流してください。

マリオが生まれるまで、私自身は「障害」ということに格別な関心もなく、また接点も
ほとんどありませんでした。だからという訳ではありませんが、例えば白い杖をもった
人は目の不自由な方なんだから、その人の前をさえぎったりしないよう配慮をしなきゃ
ね、という程度の認識しかありませんでした。

たまたま父の会社の近くに養護施設があり、たぶんそこに通ってるであろう人…私から
したら不自然に笑ったり、彼方に目線をおいたり、そんな方々をみかけても、ことさら
関心を寄せるわけでもなく、むしろちょっと避けてたくらいでした。

自分の記憶をたどれば、小学生の頃にクラスに発語がうまくできない子が同級生にいた
のですが(仮にAさんとします)、当時の子ども達はその子を正直小バカにしてました。
言葉を上手く話せない、その子に対して「バブ」とあだ名をつけ、直接どうこうする訳
ではないものの、自分らと同じ存在としてではなく、距離をおいたからかいの対象とし
てみていたように思う(今から思っても、ひどい話ですね)

ある時、小冊子(劇の台本だったかな)をクラスでつくることになり、休みの日に皆が
集まって製本したわけですが、その表紙にイラストをいれようということになり、絵が
得意だった私が皆の個々の台本になにかを書くことになりました。劇の題材は確か3匹の
子ブタだったと思う。40人分の絵をかく訳で「これはこの人の分」「これはオレの分」
とクラスメートに言われて手渡された本に、次々にブタの絵を書いていったのです。

そして、Aさんの分の本のイラストを書くときになりました。そのとき、まわりから
「これは、バブの分だぜ!」といわれたのを覚えています。その言葉にのっかり、私は
思い切り目つきの悪いブタを、つまりひどい絵を、面白半分で描いてしまいました。

それを受け取った私のクラスメートは、そのまますぐにそれをAさんに手渡したんです。

そのときのAさんのちょっとさびしそうな表情を、今でも私はおぼえています。でも、
Aさんは何もいわず、私の描いたブタの顔の下に、自分でかわいらしい服を書き加えて
いました。自分の手で、少しでも自分の本を良くしようとしていたんです。その光景を
傍目にみて、私は「なんてひどいことをしてしまったのだろう…」と後ろめたい気持ち
になりました。

でも。。。そのときはAさんに何もいえなかった。
「ごめんね」という一言がいえなかった。

小学生の5年くらいでしたから、生まれつき言葉が話せない…障害ということは理解は
していたと思う。だけど、自分が当たり前にできることができないということに、蔑視
というと極端だけど、自分とは異なる存在としてしかみてなかったのだと思う。

そして、
自分の本はかわいくきれいな本にしたいという、自分と同じような気持ちをもつ、自分
と同じ存在なんだということに気づいたのだけど、周りがからかいの対象として扱う、
その子にきちんと振舞えなかった、その空気に対してあらがえなかった。

本当に、申し訳ないことをしたと、今でも思っています。


私が自分の今まで生きてきた経験の中では、回りにいた障害者って、後にも先にもこの
Aさんだけでした。

この間、Toshi さんから紹介いただいた本
命育む学校―子どもに惚れる〈PART2〉島本恭介 著

の中に、障害者の学校施設ができるということで、近隣住民から「何をしでかすか分か
らない連中」がはいる施設の建設は反対だ!というする声があがったという話がのって
いました。

それに対しての、島本さんのことば

「無知は偏見をよび、偏見は差別をよぶ」

本当にそのとおりなんだと思う。もちろん差別は良くないし、そのさきがけとなる偏見
もよくない。だけど偏見や差別という事象だけを問題視して規制しても、実は根本的な
解決にならない。人間には「感情」という自然にわきでるものがあります。こればかり
はどうしようもない。いくら頭で偏見は良くないとわかっていても、なんかこわいという
感情はおさえきれない。この感情レベルの偏見は、やはり「無知」をどうにかしないと
解決しないと思うのです。

私は、このAさんに対して、障害者ということに対して、あまりに無知でした。
無知ゆえに、無理解でした。無理解ゆえに、浅はかな行動をとってしまってました。
「人」として扱うことに欠けてしまっていた。

ただ無知だからといって、「教科」のような教えこみをすればいいのかというと、私は
それでは十分じゃないと思う。

例としては適切ではないかもしれませんが、私が子どもの頃はまわりには「外国人」は
ほとんどいませんでした。だから、目が青いだけで、髪が違うだけで、言葉が違うだけ
で緊張する。そして極端な場合、畏怖したり、蔑んだりする。外国人が犯罪をおこした
というだけで、外国人すべてを警戒したりもする。

だけど、今は昔にくらべて、岐阜のような田舎街でも外国人はたくさんみかけるように
なりました。みかけるだけではありません。ルイージの同級生に、母親がフィリピン
の方がいて、すぐ身近に同じような境遇で普通にいます。カリンの話によれば、若干風
習や発想の違いに戸惑うことがありながらも、自分たちと同じ「母親」として毎日顔を
あわせ、同じように生活をしています。

外国人が私たちの「生活の中」に存在することが、あたりまえになったわけです。

それと同様に、障害をもつ人も、私たちの生活の中に当たり前に存在するようになれば、
自閉症児が小さい頃から当たり前にまわりにいれば、どんな子なのか、どういう対処を
すれば良いのか、そして普通の子どもと同じ「子ども」なんだという事を、自然と地域
社会の中で共有していくことになるのではないか。

訳のわからない存在から、ちょっと変わってるけど面白い「子ども」に、
なっていくのではないか

もちろん、ただポンっと放り込むだけではダメでしょう。
そう私が小学校の時のAさんのように、なりゆきにまかすと異質な存在として排除して
しまう可能性もあり、それでは逆に本人を深く傷つけてしまう。
だから、うまく導く存在、きちんと教える存在も必要なのかもしれません。

でも、障害者を、障害児を、訳がわからない・社会に迷惑をかけるかもしれないからと
いって、社会から隔離するようなことだけは、やめてほしい。

自閉症児が、普段の私たちの生活・社会ののそこかしこに、普通に、あたりまえにいる、
そんな世の中になってほしい。

そんな願いを最近いだいています。

子どもの頃とはいえ、ひどいことをしたAさんに、今更許されるはずもないのですが、
謝りと後悔の気持ちをふくめ、そんな状況にならないようにしていかなければいけない。
そう思うのです。


これは、障害児をもつ親の側の願いであり、一方的な都合なのかもしれません。

障害児とつきあうことは、やはり骨が折れるし、労力がいる。
だから、つきあわされる方の思いや都合を考えていないのではないか、といわれれば
そのとおりかもしれない。

私は、健常児にとっても、障害児とつきあうことで、かけがえのないものがえられるの
ではないかと思っています。ですが、それを障害児の親である私がいっても、どうして
も一般的な説得力に欠ける部分があるとも思っています。

だから、これは、願いなんです。
自閉症者が普段の生活の中で、当たり前に存在する社会になって欲しいという。


私みたいな子どもがまだまだいるだろうから、そしてそんなまま大きくなった大人がいるだろう
から、日本はまだまだ障害者・自閉症者がくらしていきにくい社会だと思う。
そんな社会が少しづつでも変わって欲しい、いや変えていかなければいけない
そう思うのです

投稿者 writers 12:52 | コメント (2) | トラックバック (0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.f00-189.211.183.203.fs-user.net/mt/mt-tb.cgi/344

コメント

Hideki?かりんさんへ。
その願いは私は説得力を感じます。一方的な都合で言ってるようには思えません。確かに人間は勝手なもので、体験してみなければあまり真剣に考えないように感じます。
私の娘の通うことになった小学校にも障害児のクラスがあります。私にはどんな子供達が通っているのかわかりません。娘が交流する機会があるかどうか分かりませんが、私も少しずつ障害児のことをわかりたいと思っています。

お返事が遅くなりました。
かっちゅりさん、どうもありがとうございます。そう言っていただけると、とても救われる思いがします。実際には障害児との交流って、やはり負担がお互いにかかることも多く、願わくばと思いながらも、ためらう部分も大きいのが正直なところです。
まぁ、すべての人が、そう思ってくれなくてもいい。かっちゅりさんのような方が一人でも増えてくれれば、うれしいい。そう思います。これからもよろしくお願いします

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)