2007年03月17日 |
(by まつおっち)植村直巳の孤独とネットの必然 |
Global Eyes |
(by まつおっち)
”何がつらいといって「孤独」ほどつらいものはない”
アラスカ・マッキンリーで消息を絶った冒険家、植村直巳氏は、
知人にこんなことを漏らすことがあったそうです。
じゃあ、なぜ植村氏は、
孤独な一人での冒険に立ち向かっていったんでしょうね・・・?
おそらく、植村氏の言った「孤独」とは、社会の中での孤独感のことでしょう。
社会、つまり「人間集団」の中で、自分の存在が認知されなかったり、
無視されることは、つらいことですよね。
人気メルマガ、「セクシー心理学ゴールド」の最近の号でも、
たまたま、「孤独」がテーマとして取り上げられていましたが、
周囲の中で、自分だけが取り残されているような感覚、つまり「孤独感」があると
物事に集中できないんという実験結果があるそうです。
「孤独感」こそが、人にとって最もストレスの高いことなのです。
植村さんがそんな孤独感に苛まれていたかどうか、確かではありません。
でも、純粋な一人旅に出てしまえば、そこは社会とは断絶した世界です。
ですから、むしろ孤独感を味わうことがありません。
ひょっとしたら、植村さんは社会の中での孤独感から逃れるために、
過酷な冒険を続けたのかもしれませんね。
さて、都市化の進んだ現代は、誰もが孤独感が高まっていますよね。
地縁、血縁がどんどん薄くなり、隣の部屋に誰が住んでいるかさえ知らない。
わたしは、ふと思うのです。
文明の発展がもたらす人間の孤独。それを癒してくれるものとして登場したのが
インターネットが可能にしたヴァーチャルなコミュニケーションではなかろうかと。
もちろん、24時間肌身離さず持っている携帯電話も、また、
現代人の孤独感を減らしてくれるものとして不可欠だから、これほど普及し、
ほとんどからだの一部のようになっているんだと思います。
現代において、ネットの登場は必然だったんじゃないでしょうか。
(by まつおっち)
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