2007年11月10日

(by paco)ヒトラーを研究する 〜歴史の「if」

Global Eyes


(by paco) このところ、ヒトラーの研究をしています。大日本帝国がなぜ大東亜戦争に踏み込んでいったのか、Point of no returnを探す研究を続けてきたのですが、そのナゾを考える中で、当然世界史は連動しておきているので、欧州の戦争についても考えざるを得ないと言うところに行き着きました。

それで、ヒトラーの研究を始めたわけです。

ヒトラーの死を見とどけた男―地下壕最後の生き残りの証言
アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか
ヒトラー対チャーチル 80日間の激闘

ひとまずこんな本を読むことから始めているのですが、まずわかったこと。

ヒトラーは、確かに「悪魔」の面があり、ユダヤ人虐殺や思想統制、思想犯の弾圧など、いろいろとひどいことをしているのですが、その一方で、ヒトラーが民主憲法下の選挙で合法的に政権に付き、合法的に独裁者になったのは事実だし、その延長で、ある時期までドイツ国民のみならず、ほかの欧州各国でも、一定の評価を得ていたのも事実です。

では、ヒトラーのねらいはなんだったのか、破滅にいたるPoint of no returnはいつだったのか。ヒトラーの失敗はどこにあったのかについて、研究してみたくなりました。

まだまだ知識が足りないのですが、いくつかわかってきたこと。

まず、ヒトラーがドイツ国民に自信を与え、ドイツ国民の力を結集して、国力を付けたこと。この点で彼は優れた指導者でした。

ふたつ目。米国は、ソ連による共産主義革命の輸出の防波堤にすべく、ナチスドイツを積極的に支援し、特に経済界が積極的な投資を行って、国力向上に貢献していたこと。つまり、ある時期まで、ナチスと米国は蜜月だったし、米国がナチスを敵視するまでには、米国内で、新ナチス派と、ナチスと敵対する新英派(チャーチル支持)との間で内部対立があり、その対立に勝った新英派が、ナチスドイツを決定的に敵視することになりました。日本も、戦後米国にべったり寄り添って発展してきましたが、米国が、ナチスを見限って敵視したように、これから米国が再び日本を敵視することもありえます。今蜜月だからといって、将来まで安心とは限らないことを、ナチスドイツは教えています。大日本帝国も、米国とともに成長してきたのに、米国が日本を敵視するようになったことによって、戦争に追い込まれました。

3つ目はヒトラーが大陸欧州に勢力を拡大しはじめてからチャーチルが政権を掌握するまでの時期、奥州では、イギリス国内を含めて、ドイツの優れた政治・経済・軍事のシステムに対する敬意とあこがれが生まれていて、民主主義は旧式の社会システムだと思われていました。

4つ目。国家社会主義(ファシズムにつながる)というコンセプトは、第二次大戦の、民主主義陣営の勝利によって、撲滅されたかのような印象がありますが、実はその後の欧州、米国、そして日本にも行き続け、むしろ従来の純粋な資本主義、至上主義を弱体化させて、世界に浸透していきました。日本では、満州国建国と国づくりの中で国家社会主義が取り入れられ、敗戦後は満州から戻ってきた吉田茂などによって、日本の国家再建のコンセプトとして、国家社会主義的な考えが導入されました。その結果、日本は、共産国よりもむしろ同質で平等な社会になったと言われていますが、そのルーツはヒトラーに帰せられます。

5つ目。特に最後の「ヒトラー対チャーチル 80日間の激闘」を読むと興味深いのですが、歴史を見るときに積極的に「if」の発想を使っていることです。日本では「歴史に<もしも>はない」と考えますが、筆者であるイギリスの歴史家は、「構成の歴史の結果を知らないという目で見ると、この次点では、ヒトラーは圧倒的な支持を得ていて、勝利することもありえた」と言うように筆を進めています。ifを考えることで、その次点での「結果として負けた側」の本当の価値や意味を明確にしようという態度をとっていること。これによって、歴史を学ぶ意味が明確になります。ある判断が、将来にどうつながったかを明確にすることができるのです。

というようなことを考えています。

引き続き研究を進めつつ、世界を見る目を発信していきたいと思います。

投稿者 paco 02:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

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