2008年02月17日 |
(by paco)コミトン「342子どもとお金についての、ふたつの地球」へのコメント |
Global Eyes |
(by paco)先週のコミトン「342子どもとお金についての、ふたつの地球」について、Mさんからメールをもらいました。許可を得て、こちらに転載します。
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ネパールの少女の人身売買の話を読み、また、日本でも貧困国になれば可能性はあるとのご指摘に触れ、「からゆきさん」のことを思い出しました。
「からゆきさん」は、江戸時代末期から昭和初期にかけて、日本から海外に人身売買された女性のことです。彼女達は、「天竺≒唐」に行くと騙されたりして身売りさせられた事から、「からゆきさん」と呼ばれました。
行く先は、東南アジア等が多いですが、世界中でした。
例えば、シンガポールの場合、横浜の中華街のような「日本人街」という場所があり、そこの売春宿で、からゆきさんは働かされていました。
彼女達は、「借金のカタ」として売られていった訳ですが、返済し終わらず、異国の地に倒れた人たちも数多くいます。
シンガポールの場合、そんな彼女達を悼んで、「日本人墓地」に埋葬されています。
シンガポールの日本人墓地は、二葉亭四迷の立派なお墓があったりするのですが、「からゆきさん」のお墓は、その数が余りにも多く、丸い小さな石ころみたいなもので、形だけ取り繕っているものが雑然と点在している状態です。通路かと思える所に埋められていたりするので、気をつけないと、踏んでしまうこともあります。
今でも、年に一度は、日本人学校の生徒達が、このお墓を清掃しています。
何とか、彼女達の魂も安らいでいるのではないかと思います。
シンガポールといえば、戦後、首相のリー・クワン・ユーが「日本を見習え!」と大号令をかけ、ある面では日本をお手本に成長した国です(例:日本の交番制度を取り入れた)。
しかし、その少し前に時代を遡れば、逆に、日本の売春婦の働く場所でもあった訳です。
私は、中学生のとき、シンガポールに住んでいたため、そんな日本人のシンガポールにおける歴史を肌で感じていました。
pacoさんのおっしゃる通り、異国の事も他人事ではなく、常に「明日はわが身」になりうる事柄だと思います。
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▼pacoから
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こんにちは、ご指摘の通り、からゆきさんのことは僕もよく知っています。山崎朋子の「サンダカン八番娼館 望郷」もこの文脈の本です。
シンガポールに住んでいたことがあるんですね。グロービスのクラスのときも話しているのですが、今、ビジネスは世界を相手にすることが多く、シンガポールもビジネスセンターとして対等な関係にあります。でも、そのシンガポールが、ほんの数十年前まで熱帯雨林に覆われた場所で、そこで日本人女性が売られて娼婦として仕事をしていたという歴史をまったく知らずに、仕事や観光だけの付き合いでいいのか? せめて、ビジネスエリートというべき人たちは、そういう知識ぐらい持ち、何かの機会に話題になっても、戸惑わずに済む程度の教養は持っていてほしいものです。
日本人学校の生徒が墓守をしているのですね、きちんと事情を理解した上でのことなら、それはとてもすばらしいことだと思います。情報、ありがとう!
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