2008年04月14日 |
(by stky16)お笑いの役割 |
Life Design |
(by stky16)
前回の日記では、エンタメを自分がどのように捉えているか、といったことを書きました。
今回は、それをもう少し絞り込んで、「笑い」について思っていることを書いてみたいと思います。
■お笑いの価値
これだけお笑いブームが続いている昨今、いまさら書く必要もなさそうですが、あえていったん整理をしてみたいと思います。
僕がお笑いをもとめる意味合いはどういうものか、ちょっと考えてみました。
・ストレス発散
単純に、笑うこと自体の快感で、ストレス発散になります。また、「笑うことが健康によい」といったニュースを見かけることもあります。
で、お笑いを扱ったメディア(特にテレビ)は、飲み・運動・歌うことといった他の発散方法と比べると、接しやすいと思います。テレビをつければやっているという感覚もありますし、少なくともいくつかの番組を録画しておけば「あとは観るだけ」です。
手軽で、かつ効果があるということで、ストレス発散の手段としてはすごく有効だと感じています。
・刺激
お笑いを楽しむとき、意外と頭を使うものです(意識していないとしても)。特に、想像力。ちょっとした一言やひとつの絵から、さまざまにイメージやストーリーを描くことで面白さが強くなり、大きな笑いにもつながっていきます。
また、ちょっとのめり込んで「こんな笑いもあるのか」みたいに、日々開拓されていくお笑いの裾野にキャッチアップしていく、そんな頭の勝負てきな楽しみもあると思います。
逆に「これ、わからない。面白くない」というものが増えてきたら、頭のやわらかさが落ちてきているのかな、というバロメーターとしてみることもあります。
いずれも、多くの仕事の場合、こうした頭の使い方はしないことも多いのではないでしょうか。使わない部分を刺激し、鍛えたり活性化したりすることにつながる面もあると思います。
・片付け
前述のとおり、お笑いに接するときは、日常ではあまり使わない部分を使うことがあると思っています。
しかし、頭の中は、日常のことでもけっこういっぱいいっぱいになるもの。この状態で、さらにお笑いで使う部分を割り込ませようとするとどうなるか。
まずは、その時点で詰め込まれているものを整理する。ちらかっている記憶や思考を、効率よくスペースを利用した配置にしていく。あるいは不要なものは捨てていく。
それによって、それまで頭にたまっていたものが整理整頓され、利用しやすい状況になる。また、スペースがあくことによって、また新たな活動に取り組むことができるようになる。
感覚的に近いのは、睡眠をしたときと同じような効果ですね。
といったようなことについて、お笑いに触れる意味があるのではないか、と思っています。
■なんでお笑い?
ここまでに挙げたことは、必ずしもお笑いである必要はないと思います。実際、お笑いに接することなく日々過ごしている人もたくさんいると思いますし、そうした人たちが上述の意義を満たせていないわけではないでしょう。
では、どうしてお笑いを選ぶのか。
・価値観
なんだかんだで、これがいちばん大きいと思います。お笑いが好きかどうか。
小さな頃から接してきてる人と、ほとんど見てこなかった人とでは、お笑いに対して求める度合いがまったく違うと思います。
「そこに山があるから」と同じ感覚を抱くかどうか、という。
・サプリメント
人が生きていくのにあたって必要な「笑う」量というのがあると思っています。個人差はあると思うのですが、その人にとってはこれくらいは笑いを得ることが必要、という境界点があるんじゃないかと。
で、日常生活で満たせている人は、おそらくお笑いはあまり求めないんじゃないかと思います。不足を効率よく効果的に補えるのが「お笑い」なのだと考えています。なにしろ、人に笑いを起こさせるプロの芸はですから(^_^
※一方で、最近は「このニーズを過剰に意識しすぎた」面がでている怖さも感じます。「お手軽がいい」という声があり、それに応えるのは理解できます。ただ、品質のいい低価格商品は生活向上に寄与するとはいえ、高級品を作り上げる技術や目利きも大事に育んでもらいたいところです。
・お手本
普段の会話に影響を与える、見本やお手本の役割をもっているとも思います。
テレビや本で見聞きしたネタそのものを語り合うこともあるでしょうし、あたかも自分の話としてパクッてしまうこともあるでしょう。さらには、エッセンスやシステムのようなもっと深い部分を学んで取り入れていくこともあると思います(極端な例だと、島田紳助がB&Bのネタを参考にしたというエピソードが有名でしょう。そこまでいかなくても、普段話すときに、語感や間をまねすることもあると思います)。
話し方について、プロの技を真似て取り入れるというのは、効果があるものだと思います。
こんなあたりが、お笑いをもとめる背景にあるんじゃないかと思います。
■笑いが好きであればこそ
いろいろと書いてみましたが、根幹にあるものは「好きかどうか」に尽きると思います。たとえば、自分のことを振り返ると、
「残業で睡眠不足が続いている日々、それでもなお、寝る前にお気に入りのお笑い番組をみる。寝る前に大笑いすると、冴えてしまって、また眠りにくくなってしまうにも関わらず」
といったことが思い浮かびます。時間管理や健康管理ができてないから、といえる部分もあるかと思いますが、それでも好きなものはやってしまうものなのだと思います。
実際、こうしたすごし方で、精神的なゆとりや満足感を得られたり、頭がすっきりして仕事がはかどったり、という効果もでていると思います。
誰もがこういう感覚を持つものではないと思うのですが、僕の日記を通じて、
「お笑いの楽しみ方が少しでも広がったり深まったりしてもらうことができたら…」
なんてことを願いつつ。
今回はひとまずこのへんで。
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■コメント
手軽である反面、質の高さが求められる、というのは何となくわかりますね。
誰かをたたいたりバカにしたり(いわゆる、いじったり)して、テレビの中で笑っているバラエティ番組が多くて、見たくもない、という感じなんですが、昨日、You Tubeでアンジャッシュのコントを見て、単純に笑えました。誰かをバカにする要素はあるんだけど、イヤミじゃない、軽薄じゃない、というのか。
質のいいものと悪いもののどこに違いがあるのか、解き明かしてもらえるとうれしいです。
投稿者: paco@知恵市場 | 2008年04月21日 10:35