2008年05月24日

(by paco) 大阪知事「財政悪化の戦犯誰だ」をどう考える?

Global Eyes

(by paco)巨額の赤字を抱える大阪府の知事になり、大リストラを宣言している橋下知事。就任早々、NHKに喧嘩を売ったり、タレントと丁々発止やってみたりと話題には事欠かないけれど、なんだかピントがずれているような感じ。

さて、以下の記事ですが、両者の意見はかみ合っていません。
このかみ合わない議論、どう考えたらいいのでしょうか?
記事をよく読んで、ちゃんと考えてね。

 ★ ★ ★

まず、気がつくのは、「戦犯」を探すことに意味があるのかどうか。つまり、責任者が誰かを捜すことに意味があるのかどうか。

財政赤字をつくった責任者は確かにいて、それが負債をつくった当時の市の職員や政治家なのか、国なのかが議論になってはいるけれど、責任者が見つかって意味があるのは、その責任者が、責任をとってくれる場合、あるいはとれる力がある場合。枚方市長が言うように、国も重大な責任を持っているけれど、国が責任をとるべきなのか。

ここでも議論になっているとおり、バブル崩壊後の景気対策の意味合いで公共事業が増やされ、それによって国も自治体も多額の借金を負っています。しかしこの公共投資は、結局は土建業者を通じて国民に金を回し、その金で何とか経済の崩壊を防いで、しのいだのがバブル崩壊後の「失われた10年」です。そしてその金を、負債という形であとの世代に押しつけたわけですが、もしその負債をつくらなければ、国も地域も経済が崩壊して、たとえばアルゼンチンのように、かつては先進国、今は中進国、というように国の存在が大きく後退していたかもしれません。そういう10年でした。今は、その結果が出て、何とか今の地位に留まっていられるわけで、そのつけを払うときが来た、ということなのでしょう。

もちろん、これほどの負債をつくらなくても、そして10年も「失わなくても」、もっといいやり方があったということはできますが、すでにできてしまった負債と、それを払う必要性を考えると、払うこと自体をとやかく行っても始まりません。また、負債は国も自治体もともに背負って日本経済を支えた結果で、地方だけが背負ったわけではなく、国は国で必死で返済を考えています(必死かどうかの議論はあるにせよ)。

地方の借金は、国が肩代わりすべき、という議論と、そのための具体的な方法を枚方市長ができるならともかく、戦犯を捜しても、国がそれを認めて借金を肩代わりするつもりがまったくない以上、自治体自身が返すしかありません。

もちろん、国が返すべき金だ、というなら、そのロジックと方法をもっと提示しなければならず、それに説得力があれば、橋下知事は国のロジックを鵜呑みにして、返す必要のないカネを返すべく、がんばっているまぬけなやつ、ということになります。

あるいは、返すのは仕方ないが、人件費削減は方法が違う、というならそれを言うべきですが、そういう議論にもなっていません。

「目的地に着いたら半分死んでいた」という主張は、感情に訴えることはあっても、論理的に何を意味しているのかわかりません。「死」というのは何を意味しているのか、きちんと提示できないから、議論にならないのだし、責任の所在を主張するなら、責任者につけを払わせるロジックと方法論が提示できて初めて説得力を持ちます。

一方、橋下知事は、借金を負った経緯自体は問わずに、「借金だから払うしかないでしょ」と行っているわけですが、たとえば、親の借金は子どもが相続しなくてもいいように、払う必要がある借金なのかどうかを議論するつもりがないのは、知事としては安易に過ぎる(体制派)ということになります。

安易に現状を追認して対策だけを立てる橋下知事も薄っぺらだけど、代案を出せない市長もそのレベル。日本の政治家は、こんな感じの議論をしています。あなたはどうすべきだと思いますか? 自治体の借金。

▼asahi.comより
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橋下知事VS枚方市長激論 「財政悪化の戦犯誰だ」
2008年05月24日00時04分

 「前の世代の責任」「国の制度こそおかしい」――。大阪府の橋下徹知事は23日、府の財政課長や教育長を務めた竹内脩・枚方市長と会談し、財政悪化の“戦犯”をめぐり激しい応酬を繰り広げた。



持論をぶつけ合う橋下徹知事と竹内脩・枚方市長(手前)=23日、枚方市役所

 きっかけは前日に発表された府の352億円の人件費削減案。「確実にゴールにたどり着ける道」と説明する橋下知事に、竹内市長が「たどり着くまでに半分くらい死ぬかもしれん」と挑発したことで議論に火がついた。

 橋下知事が「前の世代が負担しなかったツケが今来ている。責任があるのは(これまでの)知事や幹部」と迫ると、竹内市長は「今の府の財政をこんなふうに陥らせたのは誰か。日本の地方自治制度は国が決めている」と国の責任を指摘した。

 竹内市長が財政課長だった95?97年は国の景気対策で公共事業を増やし、府の借金が急増していた時期に重なる。橋下知事が「市長は財政課にいて、それに府民は怒っている」と言うと、「財政健全化に向けてやるべきことはやった。何ら恥じるところはない」と竹内市長も反論した。

 別れ際に竹内市長が「知事のメッセージを府民は信じているみたい。発言は慎重にしていただきたい」と求めても、橋下知事は「私はこのまま突き進んでいきます」と折り合うことはなかった。

投稿者 paco 22:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

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