2008年05月31日 |
(by paco) 「靖国YASUKUNI」を見てきた |
Global Eyes |
https://contents.nifty.com/member/service/g-way/chieichiba/member/blog/2006/12/284global_eyes_by_paco284.html(by paco) 話題の映画「靖国YASUKUNI」を見てきました。
日本人のタブーがたっぷり詰まった靖国に迫ったドキュメンタリータッチの映画ということで、妨害を懸念して公開予定だった映画館が自粛したり、それに対して福田首相が「よくないこと」と発言すると行った一連の動きでちょっと話題になったりしたのですが、この福田首相の「自由に公開できるべきだ」という発言は、光ってましたね。まったくその通りです。
映画の内容は、上記のサイトの方にもあるのですが、サイトの内容とちょっとズレがあるような印象を受けました。
まず、問題にすべきなのは、この映画はドキュメンタリーなのか、ストーリーなのかという点です。撮影はすべてロケーションで、大半が靖国神社境内、それも小泉首相が靖国参拝を行った2005年夏。それと、「靖国刀」の刀匠・刈谷さんの仕事場です。その意味で箱の映画はドキュメンタリーなのですが、「キャスト(登場人物)」として刈谷さんほかの名前が挙がっていて、この扱いに「??」という感じがします。ドキュメンタリーなら、いつどこで撮影されたのかが明記されるべきですが、それもある場面とない場面があり、どこで撮られたものかわかりにくく、ドキュメンタリーとストーリーの中間的な、ちょっとあいまいなつくりになっているような印象でした。
テーマとしては、靖国神社の知られざる姿に迫る、というような感じで、そのキーになっているのが「靖国刀」であり、靖国神社境内で、戦争中に8100本の日本刀がつくられ、それが軍刀として軍人に配られた、そしてその靖国刀をつくっていた最後の「生き残り」が刈谷さんであり、彼の仕事ぶりが繰り返し登場するというつくりになっています。
その「刀づくり」のシーンの間に、靖国で実際に行われたことと思われるシーンが挿入されています。旧帝国陸海軍軍人、という感じの一団が参道を行進してきて、進軍ラッパを吹いて号令し、「英霊」に感謝する言葉を大声で祈り、またきびすを返して参道を戻っていく、というような映像が繰り返し流されます。若い右翼っぽい人の政治性を含んだ演説(巻紙に墨書きでもってきて、読み上げる)、戦没者の遺族と思われる人(中年女性2人が遠大でお茶を飲みながら、「英霊」となって親族がここに来たことはいいことだと話し合っている)。星条旗と「小泉首相参拝賛成」と書いた紙を掲げて鳥居の前に立つアメリカ人は、最初は賛同する日本人に囲まれていたが、やがて過激な日本人に「アメリカに帰れ」と押し返されています。
終戦記念日の靖国の姿をそのまま描いたようにも見えるし、説明がいっさいないだけに、ヤラセの可能性もないとはいえない雰囲気も。たぶん、ホンモノだろうけれど。
こういう映像が延々続くのを見ていて、いろいろな印象が浮かんでは消えていきます。
★右翼的な考えや軍国主義的な考えを押しつける人がいることの嫌悪感 ★慰霊だけでなく、政治や教育にまで軍国主義的な主張をさけぶ人への嫌悪感 ★今も日本には軍国主義者がこんなにいるかのように、映画を見るアジアの人がねじれた印象を持たないかという懸念 ★今の普通の感覚とのあまりのギャップ ★まじめすぎて笑えちゃうほどの滑稽さ(軍人会のおじいさんたちが「軍隊生活でいちばん楽しかったラッパをやります。食事ラッパ」と宣言してやったのが、「正露丸」のコマーシャルに使われる「パッパラパッパ?」だったりして、吹き出しそうになる) ★なぜこの人とたちはこんなにマジなんだろう?という素朴な疑問 ★この人たちはなんでこんなに「みんな同じ考え・価値観をもつ状態」になるのが好きなんだろうという疑問
そんな靖国のシーンの合間に、くだんの刀匠が日本刀をつくるシーンが挿入され(どっちが挿入されているかわからないけど)、さらに靖国に反対する人の主張が挿入されます。ひとりは台湾から来た軍人遺族、もうひとりは同じく軍人遺族の寺の住職。どちらも靖国神社に、本人も遺族も望まないのに「合祀」された、合祀をやめるようにと主張します。「命を奪った上に、魂まで靖国遺族から奪い続けるのか、そんな権利はだれにもない」と。
このあたりの靖国の構造については、コミトンでも以前書いているので、参考にしてください。
300愛国心をどう考えるか?
284教育基本法改正と靖国神社
https://contents.nifty.com/member/service/g-way/chieichiba/member/blog/2006/09/by_paco27011.htmla/member/blog/2006/06/by_paco2581.html">270民主国家に、戦争ができる理由(1)-(11)
248宗教の持つ力
読んでいただければわかるのですが、要するに靖国神社は単なる「戦没者の慰霊の神社」ではありません。
さて、映画としての「靖国YASUKUNI」はどう評価したらいいでしょうか? 監督が中国人であること、靖国というセンシティブな問題に正面から取り組もうとしたこと、僕のような関心がある人以外に、靖国のふだん見えない部分にスポットライトを当てたことには敬意を表します。でもその間制度と伝えられた内容はといえば、もう一歩かなという気がします。
まず、「主演」として登場する刀匠刈谷さんが、「この映画に自分を出すな」といっている点。監督は「工芸品としての日本刀づくりを映画にする」と行って取材したそうです。また取材場所は四国の刈谷さんの仕事場ですが、映画ではそのことは明かされず、あたかも靖国人じゃないであるかのように誤解できる描き方です。刀は靖国の軍国主義思想の象徴として扱ったのでしょうが、ちょっと違う感じ。象徴や精神論ではなく、具体的に戦争にどんな役割を果たしたかを描くべきだったのではないかという気がします。もうひとつの問題点は、一般の人の考えがほとんど登場せず、現代日本の中での靖国というには、いずれにせよ偏っている感じがすること。もうちょっと消化してほしかったなとは思いますが、しかし、こういうタブーに挑戦したこと、映像もきれいで、右、左、どちらからも大きな反発が出ないようにつくられている点は、とても評価できる点じゃないかと思います。
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