2008年08月24日 |
(by paco)「崖の上のポニョ」を見てきた |
Global Eyes |
(by paco)ポニョといえば、知らない人はいないという感じの映画ですが、知恵市場の読者では見た人はどのぐらいいるのかな。
DVDやTVで、この先いくらでも見る機会はあるだろうけれど、やっぱり劇場で見る機会は今だけなので、大画面で見てこようと出かけました。日曜日の六本木ヒルズは、ほぼ満員の入りで、一部の評者が売れたのは最初だけで、そのあとはがらがらとか書いていたのは、誤解だったのか、あるいは劇場によるのかはわかりませんが、やっぱりちゃんとお客がついているという印象でした。
内容は、ネタバレになることは書きませんが、僕はいい映画だなあ?と思いました。素直に楽しめるし、安心してみれるし、見せ場はちゃんとあって、ストーリーにも無理がなく、あまりあたまを悩ませずに映画に身をまかせていられる、そんな映画です。
ストーリーについては、これもまたいろいろ文句をつけている人もいますが、これから見る人にひとことお話ししておくと、この映画はあくまでファンタジーなんだということを忘れずに見てほしい、ということですね。というか、宮崎作品はすべてファンタジーでフィクションだし、メッセージもあったりなかったり、あったとしても、それが普遍的なモノであることを最優先して作った映画ではありません。何を言いたいのかわからないとか、メッセージがないと評するのも自由だと思うけれど、ファンタジーは夢の世界を楽しむためのモノで、そこからメッセージを受け取れるかどうかがファンタジーの価値を決めるわけではない、という前提に立ってみた方がいいと思います。その方が、逆にメッセージもまた、すっと入ってくる。
宮崎作品は、「千と千尋」「もののけ姫」あたりはかなりメッセージ生が強い作品だったので、観衆はそれを期待するのかもしれませんが、やっぱり彼の作品はどこまでのファンタジーであり、ファンタジーとは、日常の心を解放して、嘘の世界をどれだけ楽しめるのか、ということが最大の価値なんです。ちなみに僕は、ファンタジーとは何かを、ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」(原作)と「モモ」(原作)を通じて学びました。人間の世界にとって、ファンタジーがどれほど大きな価値を持っているのか。ファンタジーを失った人間は、どれほど貧しくなるのか。エンデは生涯を通じてそれを具現化させたかったのです。
その意味で、ネットに散見される「ポニョ批判」は、ファンタジーの価値を認められない人か、価値を順位の低いモノとしてしかみれない視点から書かれてている、という意味で、宮崎監督自身は、そんな批判はなんとも感じないのだろうと思います。
さて、そういう意味で改めてポニョという作品を総評すれば、この作品は間違いなく、彼の、そして日本を代表する名作として長く受け継がれることになると思います。トトロが公開当初より、10年、20年たって、その評価が確たるものになったように、ポニョの価値が長く、強く、世界に存在し続けることになるのは、すでに決まっている、と僕は感じました。そういう映画を「封切りで見たんだよ」というのは、子供や孫に自慢できることのはずなので、ぜひ今、見に行くことをおすすめします。
あ、そうそう、見どころをひとつ。ぜひ「海の表現」に注目してみてください。すごくおもしろいです。でも、この作品の海の表現には、若い女性アーティスト「束芋」さんの作品「真夜中の海」の影響を受けているのは、たぶん間違いないと思います。束芋さんの表現は、それほどパワーあふれるもの、というのも感じました、というのは蛇足でした。
■トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.chieichiba.net/mt/mt-tb.cgi/972


