2008年11月30日

(by JIN)私が「お説教ソング」を嫌いな理由

Global Eyes

(by JIN)
「お説教ソング」とは、最近の一部のJ?POPに見られる傾向に私が命名したものです。歌詞の中で、「こういうときは、○○すべき」とか、「××した方がいい」とか、学校の先生が諭すような道徳観が語られているものを指しています。平成に入った辺りから、売れている曲の中に、こういう歌詞の入ったものが増えてきたように感じています。

私は、「お説教ソング」が嫌いです。しかしながら、結構ヒット・チャートに乗っている曲も多いので、世間では受け入れられています。また、私のように「お説教ソング」を批判する見解も目にしたことがありません。ですので、「お説教ソング」の是非を問う前に、まずは、私がなぜ「お説教ソング」が嫌いなのか、このブログでは、その理由を述べます。それに対して、コメント等で反響があれば、そこから「是非」の議論につなげていければ、と考えています。

■そもそもロックの本質は「反骨・反権力」

J?POPも、「4Beatでバンドを組んで演奏する」という意味では、ロックの一形態です。で、ロックの元は、はみ出し者の反骨・反権力というイメージがあります。まっとうな世の中のエリートに歯向かって行く所にこそ、ロックのパワーの源泉がありました。

それをエリートや権力の側に立って道徳的に「こうした方がいいよ?」とか言われてしまうと、「え??」と思ってしまうのです。

まあ、でもこの点は、「ロックの源流はそうだけど、J?POPはそれを変容させたんだよ」と言われてしまえば、「それまで」です。ただ、個人的な引っ掛かりの大きなポイントにはなっています。

■年端の行かないあんたたちに説教されたくないよ

J?POPを歌っている人たちは、せいぜい私と同年代以下です。彼等に「こうした方がいいよ?」なんて、歌で説教して欲しくはないです。そういうことは、職場の実体験とか、哲学や倫理学の先達に学びますので。そもそも、人生経験をそんなに積んでいなくて、そんなにお勉強もしているとは思えない君たちに、「こうした方がいいよ?」なんて言える資格があるのかしら・・・?

感情的には、この点が大きいと思います。

もっとも、リスナーは、周囲に余り道徳的なアドバイザーがいない人が多いのかも知れないですね。だから、たとえ歌であったとしても、そこに道徳的要素があれば、それがありがたいのかも・・・

■世の中、そんなに単純じゃないよ

歌詞に込められる文字数なんて、たかが知れています。そこで、「○○が一番大事?」とか言われても、本当にそうなの?と首を傾げてしまいます。「一番大事」なことって、本来、何冊本を書いても、一生語り尽くしても、それでも足りない位の、そういうことではないかしら・・・?昔から、洋の東西を問わず、偉大な哲学者や倫理学者は、「一番大事」なことを巡って生涯を賭けて真剣に考えてきたのです。それでも明確な答えが出ない・・・それが本質だと思います。

それをお手軽に、1つの曲のワンフレーズで言い切ってしまう所に、軽薄さを感じてしまいます。

この点が、論理的な理由です。

(by JIN)

投稿者 writers 01:14 | コメント (2) | トラックバック (0)

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コメント

「お説教ソング」ね。なるほど。

僕は押しつけっぽいメッセージソングは、けっこう好きです。もちろん、うんざりするメッセージを聞かされることもあるけれど、そういう曲は聴かなければいいだけの話で、うんざりするメッセージがあるからといって、アーティストがメッセージを歌うべきではない、とは思わない、ということかな。

ジョン・レノンの「Imagine」だって、日本語訳すれば相当なうざいメッセージだし、もともとロックもラップも、社会的に虐げられた人たちの叫びの音楽だったわけで、メッセージがないロックやラップというのは、何となく矛盾、という気もしないでもありません。

小林克也が、すこし前の「DJ Kobie's Radio Show」で、「まったく主張しないアーティストというのは、音楽としてどうなのか、ちょっと違うんじゃないかと思う」というような話をしていていました。

伝えかたやメッセージ自体の興味もあるので、単純には言えないけれど、僕は「刺さるメッセージ」を期待している、かな。

pacoさん、コメントありがとうございます!
JINです。

「お説教ソング」の定義付けを明確にしていなかったため、元々言いたかったことが正確に伝わりませんでした。当然、昔のImagineと私のいうJPOPの「お説教ソング」との違いなどは明確に浮き立たせるように論を進めるべきでした。舌足らずで、済みません。

私の言う「お説教ソング」は、道徳の教科書に掲載されているようないわば当たり前の言葉を並べてある歌詞のことです。「逃げないことが大事」とか「OnlyOneが大事」とか・・・そんなことは言われなくても他で言い尽くされていて、分かっているよ、と言えてしまう歌詞のことです。

そこからすると、ジョンレノンのImagineは私の言う「お説教ソング」には該当しません。ご存知のとおり、Imagineは、「Imagine there's no religion」というキリスト教信者が多数を占める欧米では非常にインパクトのある言葉を持っています。これは決して道徳の教科書に掲載されている言葉ではありません。世間のアウトローとしてのジョンレノンというミュージシャンだからこそ伝えられたメッセージです。

また、たとえば、昔のアーティスト・・・尾崎豊も相当説教臭いですが、私の言う「お説教ソング」ではありません。だって、道徳の教科書で「盗んだバイクが走り出す」なんて、ないですよね・・・やっぱり、反骨の尾崎だからこそのメッセージです。

というわけで、私は、ミュージシャンには、アウトロー・反骨からのメッセージは全く否定しません。それがロックの起源だと思いますので。

でも、道徳の教科書のような歌詞には疑問符がついてしまうのです。

・・・もっとも、道徳教科書的メッセージの否定を言い出したがために、曲のメッセージ性自体を封印してしまうようなことになるのであれば、それはロックの死を意味すると思いますが。

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