2010年04月01日 |
(by paco)<おとなの社会科・補講>暴力団関係の本は、コンビニから撤去すべき? |
Global Eyes |
(by paco)宮崎学さんの「もの書きの立場からすると、多くの人が声を上げるべき問題だと思う」というコメントに触発されて、書くことにします。
何かというと、福岡県警の要請で同県内のコンビニエンスストアが暴力団を専門的に扱う月刊誌とコミック誌の販売を中止したことについて。
このニュース、ちらっと見て気になっていたのですが、スルーしてました。<おとなの社会科>的にはこういうのをスルーしちゃいけません。
表現の自由は憲法に保障された非常に重要な権利です。この権利によって、主権者たる国民は、権力の横暴をチェックし、社会が望まない方向に生きそうになることを、修正することができます。表現の自由と同時に、知る権利もセットですね。
で、日本においては、表現の自由を直接的に法律や政令で規制することはできないので、権力がよく利用するのが「自主規制」に仕向けること。今回の警察のやり方は、まさにこれを利用したもので、日本人の「空気を読む(読み過ぎる)」「和を乱さない」のキャラクターを<悪用>しようというものです。
とはいえ、暴力表現や性の表現などが無制限でいいと言い切ることはできないわけで、では制限をどうすればいいかというと、社会学の知見によれば(宮台真司なども言っているように)、「不意打ちをくらわらない権利」を確保しようというやり方が、筋のいいやり方です。表現の自由があるからと言って、見たくない表現に、予期せず出会わせる(強制的に見せる)権利まではありません。とすると、アクセスしたい人だけ、アクセスするようにしよう、ということになります。
では今回の「暴力団関係の本をコンビニから撤去」はどうかというと、コンビニという場所が、こどもなどがアクセスしやすい場所、ということで撤去だとしたら、妥当だということになります。書店では、暴力団の本がレジ前に並んでいれば、もしかしたら、それにふさわしい場所に置くべき、ということになるのでしょう。
これが現実に機能している場所は、レンタルビデオ屋のエロビデオコーナーですね。のれんを掛けて、ちょっと入りにくい雰囲気にしている。書店でも、ちょっと奥まった場所にあれば、誰もがフイに見てしまうという事態を防ぐことができます。これがゾーニング規制という考え方です。
と言う意味でいうと、今回の福岡県警の「要請」は、ある程度合理性があることになります。出版そのものを自主規制するのではなく、やたらに目につく場所に置くなよ、ということです。
とはいえ、日本では、「お上」がこういうメッセージを出すと過剰反応して、暴力団関係の本の出版を控えようとする編集者や出版社が出て、これを警察が狙っているかどうかはなんとも言えないものの、こうなると「ゆゆしき自体」ということになるし、国家権力が「他意がない」なら、「本の出版に口を出すつもりはない、コンビニはこどもの目に触れやすいので、置かないでほしい」と、要件をはっきり言うべき、ということになります。
<おとなの社会科>で社会学を学ぶと、こういうニュースの本質が見えるようになります(^-^)。このあたりについては、こちらの記事も考え方があるので、参照してください。
という観点で、次の宮崎学さんのコメントを見ると、う?ん、あんまりよいコメントとは言えませんね。警察が「うまいことやろうとしている」のに対して、有効な反論が出てきていません。僕たちはもっと世の中のことを知る必要があるのですね。
暴力団扱う雑誌取扱中止 宮崎学さん「憲法違反」と提訴2010年4月1日12時35分
http://www.asahi.com/national/update/0401/SEB201004010005.html
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福岡県警の要請で同県内のコンビニエンスストアが暴力団を専門的に扱う月刊誌とコミック誌の販売を中止したことに対し、作家の宮崎学さんが1日、「県警の要請は表現の自由を保障する憲法に違反する」として、県を相手取り、著作活動の妨害への慰謝料など550万円の支払いを求めて福岡地裁に提訴した。
訴状によると、福岡県警は昨年12月下旬、福岡県コンビニエンスストア等防犯協議会に対し、暴力団専門誌などの売り場からの撤去を文書で要請。添付したコミック73冊と月刊誌3冊の一覧の中に、宮崎さんの著書を原作としたコミック1冊が含まれていた。この県警の要請は「事実上の規制(強制)」にあたり、著作出版活動の萎縮(いしゅく)を招くとして、「表現の自由、出版の自由を定めた憲法に違反する」と訴えている。
宮崎さんのコミックは指定暴力団の元会長を主人公にしているが、「生きるために仁侠(にんきょう)の世界に身を置かざるをえなかった人の一生を日本近代の問題を含めて描いた作品。青少年に悪影響があるとして撤去要請される作品ではない」と主張している。
宮崎さんは「もの書きの立場からすると、多くの人が声を上げるべき問題だと思う」と話している。
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